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『タオのひけつ』自然のままに生きることを心の健康にあてはめる [実社会にて]


タオのひけつ―無為自然の心と身体が人生をひらく







「洗心術」は、頭の切り替えのトレーニングです。

日常のなかで仕事や人づきあいに悩んだり、見栄を張ったり、欲に苦しんだりして、様々の心の葛藤が生まれます。 これらの我執を私(著者の早島妙瑞道長)や早島妙聴副道長との対話を通して整理しながら、心を洗う体験をしていただくとよいのです。


「気の導引術」「道家動功術」の二つは、体の面から入るトレーニングでした。
体の調子と、考え方や感じ方、つまり心の調子は、密接に関連しています。

現代人は心と体を別々のものであるとつい考えがちですが、じつは気の作用は、心と体のすべてにつながっています。体が病めば心もふさぎます。心の中につらいことがあれば、体の機能も滞ります。仕事のストレスがすぐに体調に現れるという人もめずらしくありません。


これは経験たっぷりしました。

昇格すれば元気いっぱい働くし、飛ばされそうになると、寝込みたくなる。

もっと単純にいうと、おいしいものを食べて満腹になれば心も幸せですし、空腹だとイライラしてきます。お風呂にゆったり浸かって、体がぽかぽか温まっているときには、好きなメロディを口ずさむことはあっても、誰かと大げんかをする気にはとうていなりません。


このたとえ、温泉の人気の理由として、ぴったりですよね。

私も、温泉入って、割烹料理を食べて、もう人生極楽って感じ、そんな年末でした。

温泉の中でまるで地獄の釜でゆでられているみたいな、どんよりした顔、
人生についてくらい顔をしているのって、なんだか想像しずらいです。

いつもこうして、ぽんと切り替えられれば、気になっていることも大げさに考えることもなくなりそうです。

洗心術の中のメニューのひとつは、

まず理屈ではなく、体を整えて気の滞りを取ってみることです。すると、体調はもちろんのこと、プライベートでも、仕事の現場でも、心のあり方が変わってくるのです。


ということを学ぶことです。そして、理屈抜きに、用意されたメニュー、体を整える「気の導引術」「道家動功術」に懸命に取り組むことの大事さを理解することでもあります。

さてそして、心の持ち方も、話し合いを通してですが、自分をみつめて、自分の中から答えを出すのが洗心術です。

そこで出た答えというのは、私や誰かが「こうしなさい」と教えたことではありません。
「この答えは、あなたが出したものです。あなたの中に答えがあったのです。勇気をもって、それを言葉にできたのですから、あとはそれを実践するだけです」と私は言います。


洗心術の講座に出て、自分の質問もそうですが、他の人とのやりとりを聞いていると、だんだん安心した気持ちになってきます。
おそらく、考え方や話の流れが自然なのだと思っています。
そして、早島妙瑞道長や早島妙聴副道長は大局観のある話し方をされるからでしょうか、「無為自然って、論理的だ」と思ってしまいます。

こんな例が載っています。

現代のビジネスマンやOLたちは、たいへん勤勉です。評判の本があれば読んでおこうと思って手に入れ、英会話も身につけたいと願って学習をし、パソコンの勉強もおこたりません。しかし、朝から晩まで机にかじりついても、自分がやれる範囲は限られているものです。
たとえば、すでに右手と左手に荷物を持っていれば、三つ目の荷物は持てません。そのように無理して抱え込もうとするのではなく、まずは手に持っている荷物の一つを置いて、新しいものを持つことです。
それが我執のない生き方です。これを(前述のように)道家では「放かす」といいます。
捨ててしまうのではなく、放かしたものはちょっと置いてある状態にして、また必要があれば、手に取ればいいのです。


3つめの荷物がもてない、と嘆いている人、悩んでいる人、多そうです。

私は、このとおりの体験をしました。これが、このブログのサブタイトル

「40歳からの大あわて勉強会」

につながります。

私が入社した頃、「これからは英語とパソコンだ!」と言われていました。
不本意だった管理に配属になっていた私は、
「会社で大きくはばたく努力ポイントは、これか!」と思って、休暇を使ってサンフランシスコのベルリッツに短期ホームステイし、会社から帰っては、最新のインターネット(ICT)技術を学ぼうとしました。
そして、なんとかその部署を抜け出して、おおきく羽ばたけそうな部署を探して出て行こうと、入社一年目から考えていました。

もちろん、自分磨きや、コミュニケーション等の能力向上もめざしていたのですが、手が回らなかったのです…

…ようやく、英語とICTをアピールして別の部署にたどりつくと、なんと、人間的・能力的に未熟と言うことで、いったん決まりかけたらしい海外赴任の話も、なしになってしまいました…

自分の得意不得意を見極める、性質を見極める、といった、自分のプロデュース戦略が、あきらかに甘かったといわざるを得ません。

多くの人は、仕事をするにあたって、「将来性がありそうなしごとだから、やってみたい」とか、「この資格を取っておくと有利だ」というように、周囲の意見や世間体で動いてしまいがちです。
しかし、そんな人間にも得手不得手がありますから、自分のできるところは一生懸命にやり、苦手な分野は人に聞けばいいのです。そして、助けてもらえばいいのです。
「自分は、こんなことができなくて恥ずかしい」といった気持ちを持つ必要は、毛頭ありません。そういう我執をスッと放かせば楽になります。そして放かせば放かすほど、本来の自分にもどっていくことができるのです。
そして、「我執を放かす」というのは、自らの内にあるこだわりの心を放かして、あるがままにすごすことですから、気のめぐりがよくなり、仕事でも人間関係でも、どんどんよい形で回っていくようになります。
リラックスして我執を放かし、心に余裕をもてるようになると、無為自然の生き方ができるだけでなく、自分が楽になり、楽しくなっていきます。
放かして、放かして、無になって、見栄や執着を捨て去り、この世の人生を楽しく送っていく。それがタオの生き方です。


その時必要だったのは、身につけるよりむしろ、放かして、人生を楽しく豊に送る方法をさがし、学び、仕事をとおして実践すること、だったのです。

たとえば洗心術では、「今の仕事がイヤでたまらない」という悩みについて、よく相談されます。
そこで私が答えるのは、「いやだいやだと言うのではなく、まず徹してやってみなさい。真剣に行ってみなさい」ということです。
中途半端であることがいちばんいけません。とことんやってみて、それでもイヤならば、ほんとうに嫌いな仕事ということですから、辞めればいいのです。
ところが、いったん覚悟を決めてやってみると、案外、つらかったはずの仕事に何かが見つかるものです。そして、「もうちょっと頑張ってみようかな」という気持ちが自然と湧き上がってくるのです。


うーむ、当時、徹してやる、見極めるという覚悟が足らなかったなー。
体の調子が整っていなかったこともあるかもしれませんが、なにより、たしかに覚悟がなかった。
どちらかというと、

「学力があれば、仕事のスキルも能力も学べる」

という、あきらかな思いこみ=我執=が、大原因だった…

学力がほんとうにあったら、そのとおりになっているわけで…

ずいぶんと、冷やかに笑われたものでした。
さらに異動後の6年前も、「残念な奴」と結構上の上司に言われました。

けれど…これらの大失敗は、ちゃんと役に立った、と今は思っています。

「笑われたくない」という気持ちは、一種の見栄なのですが、そのような気持ちはよくわかるという方も少なくないことでしょう。しかし、見栄は我執の中でも最たる我執ですから、これを捨てるとほんとうに楽になります。
また、人に笑われるというのは、じつは大きなチャンスでもあるのです。何かを話していて、足りなかったり間違ったりすると、みんなが笑いますから、そのことによって、「あ、私はここが勉強不足だったな、これができていなかったんだ」ということに気づくのです。
人は誰でも自分がいちばん正しいと思いがちですから、そうした自分の不足がわかれば、成長へのきっかけになります。そこを一生懸命に治せば生涯忘れませんし、一歩先へ出られるのです。
十回笑われれば、十回磨かれます。ですから私は、人に笑われることが好きなのです。


…言葉を学びたい…会社における基本、コミュニケーション能力を身につけるには、言葉の力が大切だと思いました。その思いから、このブログを立ち上げ、本で読んだだけでは身につかないと思ったので、感想など記録を残すことにしたのでした…

『三国志』を読み直していると、2007年に読んだときと比べても、王朝の人間関係の表現が言葉から明確に読み取れるようになりました。


…自然な言葉を発するようになりたい…そのために自分を磨くしかないと思い、いっそう3つのトレーニングに励んでいます。

思いもかけない言葉が出てしまうことは、ほぼ無くなりました。

なかなか「好き」を見つけられず、前向きになれないこともあるでしょう。そんなときは、自分の中の気が滞っている証拠です。くよくよするより、たとえ小さくても、人生の中の「良いこと」に目を向ける習慣を養いましょう。
それはたとえば、「会社に行ったら花が一輪生けてあって心がなごんだ」というようなことでもよいのです。また「今日は雨が降ったけれど、お気に入りの傘をさせて、良かった」ということでもかまいません。
そうやって、ささやかなことにでも、あなたが幸せを発見していくと、その都度、自分の内側に滞った気が少しずつ動き、ごく自然と感謝の気持ちがわいてくるようになります。


精一杯営業に回っても、なかなか売り上げの上がらない中、そんな気持ちで過ごしていたら、この10月に社内で、営業からサービス部門に異動になりました。

めずらしいパターンなので、人は驚きますが、私としてはこれまでのICT知識や学んだビジネス論が生かせそうで、その部署の内容に大変満足しています。精一杯やらせていただきます。

こういう気持ちになれたのは、タオのひけつを教わったからであることは間違いありません。

思い通りにならないことも多いのですが、「十回笑われれば、十回磨かれます。」という気持ちを忘れず、毎日に取り組んでいこうと思います。
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