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『瀧夜叉姫』普段の生活から異空間に引きずり込まれる [読書(小説)]


陰陽師 瀧夜叉姫 (上)

陰陽師 瀧夜叉姫 (上)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



少し前の出版・流行になりますが、夢枕獏さんの陰陽師シリーズ最長編『瀧夜叉姫』上下巻を読みました。

仕事に関係のない小説は、じつはこの本(文庫版)が出てすぐ買った2008年以来、読まずにおいておいたことからあらためて気づいたのですが、3年以上ぶりでした。

物語は、陰陽師シリーズらしい異様な京の闇夜をイメージさせる、百鬼夜行のおどろおどろしいシーンから始まります。
ところがすぐにこれらは一つ一つが後のオチの関係するシーンになっていて、その後に続くシーンもあわせて、最後にぴったりとまとまります。

主役は実は、武家時代の到来を予感させる二人で、一人は平将門、もういひとりは、あまりにネタバレなので書きません。
反乱を鎮圧した人々の、直後とその約20年後を描いています。

なので、陰陽師シリーズの主役の二人、安倍晴明と芦屋道満の若い頃も出ていて、安倍晴明が子供ながらに師の賀茂忠之と京の街で百鬼夜行に出会っても最初に気づき落ち着いて対応するシーン、芦屋道満が20歳若くても風体など20年後とさっぱり変わっていないところなど、シリーズのファンも満足です。

あきらかにオドロオドロテーストですが、謎解きものとしての仕立てがよくできているので、平将門の乱とその時代を知るのに、肩の力の抜けたいい入門書かもしれません。

瀧夜叉姫と、平将門の運命のはかなさに、心打たれるシーンもあったり。
ほかのシーンでは、ほんのり恋愛テイストもございます。

それから、平将門の乱を鎮圧した平貞盛の息子が伊勢平氏のはじめなので、大河ドラマ『清盛』へつながる系譜として見るのもおもしろいでしょう。

源博雅も、実在と言われている人物です。
賀茂保憲という、賀茂忠之の息子もでてきます。

それにしても、こんな筋立てですので、読んでいる間は仕事のことも何もかも忘れます。
世界が違いすぎますから。

けっこういい気分転換になるってことを、ことばどおりあらためて、気づきました。
ほんと、いまさら、ですね。

文庫版は、下記です。


陰陽師―瀧夜叉姫〈上〉 (文春文庫)

陰陽師―瀧夜叉姫〈上〉 (文春文庫)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/09/03
  • メディア: 文庫


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囲碁界最後の世襲制『名人』本因坊秀哉から、現代方式に向かう一局をドラマチックに描く [読書(小説)]

川端康成の『名人』は、世襲制だった囲碁の名人位を退く、最後の名人、本因坊秀哉が、命を削ってまでも芸道を外れない心意気で、対等というなのルールを背負った新世代の最強棋士、大竹七段(実際には木谷実七段)との7ヶ月にわたる一局を、そのはじめから終わりまで、観戦記者という立場で棋譜の動きまでつづった、異色の野心的な作品でした。

一局の囲碁はドラマだと聞くことはあっても、ここまでドラマらしく書き綴った物語は、そうないでしょう。

あらすじ



世襲制だった囲碁の名人位を退く、「不敗の」最後の名人、本因坊秀哉。
時代は昭和13年、戦時色が少しずつ濃くなるころでした。

あくまで芸にこだわる名人は、しかしその生きてきた観衆から、やれ滝の音がうるさいから対局する宿を変えろとか、聞いてないから一度家に帰る、とか、わがままを言って周囲を振り回し、気を使わせます。
そんなことで不公平が出てはたまらないと考える大竹七段、ルールにこだわり、何度も反発し、一時は放棄するというところまでいきますが、浦上観戦記者の仲介で、最後までうつことになりました。

勝負が中盤にさしかかるころ、おそらく名人が時間に縛られないように、負担にならないようにと提案しただろう、5日ごとの対局、一日4時間、持ち時間40時間(普通は10時間くらい?)というのが、元気な大竹七段が体力にものをいわせてたくさん時間を使い、名人は待ち続けることがおおくなります。

それが、やがて、名人の体を蝕んでいきます。

しかし、途中で投げることは芸に反すると考える昔ながらの名人、身を削りながら対局を続けますが、ついに勝負どころで、大竹七段のルールをうまく使ったかのような、封じ手(次回の第一手をあらかじめうっておき、間の日で考えられないようにする方法)に腹をたてます。

そこで反発心が裏目に出たかはわからないのですが、直後の大竹七段の一撃をうっちゃって、ほかを攻め返している間に、大きく地が減ってしまい、それが敗着(負けの決定的な一手)となったのでした。

こうして、「不敗の名人」は最後に負け、1年半後に他界します。
その後10年余り、名人位をどのように扱うか、決まらない、それほど時代の申し子だった名人は、強烈な印象を残して去っていきます。




小説を読み始めて、なかなか対局が始まらないし、最初は遺体の顔写真の説明から入ったりして、おどろおどろして読みにくいのですが、時代や囲碁界の状況を説明する部分なので、さっと読み飛ばしてあとから最初のほうだけ読み直してもいいかもしれません。


名人 (新潮文庫)

名人 (新潮文庫)

  • 作者: 川端 康成
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1962/09
  • メディア: 文庫



はじめはのんびりした打ち染め式から始まった一局しかし、大竹七段は、新世代の代表として、勝たなければならない立場にありました。

普段はどちらかというと変化に富んだ碁をうつ大竹七段が、序盤から中盤にさしかかるところで

「黒47と堅く打って(おかねば)、そこに白からの手段が残るのをきらった」

これを観戦記者としての筆者は、

「棋風を感じたというよりも、七段のこの勝負に臨む覚悟を感じたようだった。」

「大竹七段の渾身の力がこもっていると見えた。七段は絶対に負けない打ち方、相手の術策に陥らない打ち方に、足を踏みしめていたのだった。」

ぽちぽちと、棋譜の  >(右矢印)   マークを押してみてください。
黒47から白66まで動きが見られます。



そして、後に「鬼手」とよばれる、会心の一撃を放つ、大竹七段。

このまま進めば、戦局が大きく大竹七段に傾きかけない一手でした。


大竹七段には、五日前からの狙いだったのだろう。
今朝の打ち継ぎに、七段は逸る心をおさえて、また20分ほど読み直したが、その間にも体は力が漲って来て、ひとりでに強く揺れ出し、盤の方へ一膝乗り出していた。
黒67に続いて、黒69を強く打ちおろすと、
 「雨か嵐か。」
と言って、高い笑い声を立てた。
この一手に、名人はめずらしく表情まで反応します。
黒69の苛辣な攻撃は、名人も予期しなかったらしく、その応手に1時間と44分苦慮したのだった。
名人にはこの碁が始まって以来の長考だった。
名人は黒69を見て、ふっと鳥影を見たような顔をした。
ひょいととぼけて、愛嬌を出したような顔をした。これだけのことも、名人にはめずらしかった。
黒69は匕首のひらめきであったらしい。
すぐ名人は沈思にはいった、昼休みの時間が来た。
それを、名人の名人たる本領を発揮、やはり後に「凌ぎの妙手」と呼ばれる一手を返します。 ぽちぽちと、棋譜の  >(右矢印)   マークを押してみてください。 途中で白が一気にとられます。 これが、「難を避けて、傷を捨てて身軽になった」判断だったのでした。 こうしなければ、もっと大きな難になっていたのです。
しかし、昼休みの後、名人は坐るか坐らぬうちに、白70を打った。
黒69が攻めの鬼手だったとすると、白70は凌ぎの妙手だったと、立ち会いの小野田六段なども敬服していた。
名人はここを忍んで、急を凌いだのだった。
名人は一歩譲って、難を避けたのだった。打ちづらい名手だったのだろう。
黒が鋭い狙いで切り込んだ勢いを、白はこの一手でゆるめた。
黒は力んだだけのものはとったが、白は傷を捨てて身軽になったとも見えた。
7月16日、勝負は白熱し、そして、中盤にさしかかります。 若い大竹七段は、体力とルールにものをいわせて、時間を使って考えます。
黒83は、白70の1時間46分を超えて、1時間48分の長考だった。
七段は両手を突いて、座蒲団もろとも一膝さがると、盤の右辺を見つめた。
またやがて、懐手をしては、腹を突っ張った。
七段の長考の前触れだ。 碁も中盤にさしかかって、このあたりは一手ごとに、むずかしいところだった。
白と黒との分野がほぼ明らかになって、確かな目算はまだ立たないが、その確かな目算の手前までは来ていた。
このまま寄せにはいるか、敵地に打ち込むか、あるいはどこかで戦いを挑むか、一局の大勢を見て、勝敗を判じ、それによって作戦をねる時であった。
そのうち、つらさなどを態度に表さない名人が、つらそうなそぶりをはじめて見せるのでした。
しかし、黒が83を打ったとき、名人は待ちかねていたように、いきなり立ち上がった。疲れをほうっとまる出しにした。
12時27分だから、当然昼休みとなる時間なのだが、名人の投げ出すような立ち上がり方は、これまでにないことだった。
7月31日の時点で、名人は数えで65歳だった。 しかし、なにか、もっと年齢がいっているような、悲壮な雰囲気がただよったのか・・
(7月31日の)封じ手となったので、八幡幹事は早速言った。
「先生、米寿のお祝いですね。」
名人はもう痩せようのない頬や首が、さらに痩せて見えた。
けれども、あの暑かった7月16日よりは元気で、肉が落ちて骨が張るとでも形容するか、意気軒昂としていた。
8月10日、ついに名人は体調が悪化、お昼休みを一時間延ばし、医師の診察を受ける。
名人本局中の長考、2時間七分「白88の封じ手を開き、大竹七段の黒89が10時48分、そうして名人の白90の手は、正午を過ぎ、1時半近くになっても、まだ決まらなかった。
病苦に耐えながら、実に2時間7分の大長考だった。
その間、名人は姿を崩さなかった。顔のむくみはかえってひいて来た。
ついに昼休みとすることになった。 
いつも1時間の休憩が今日は2時間で、名人は医師の診察も受けた。
この日は、これで打ち掛けとすることになった。 さすがに、名人は大竹七段に申し訳ないという気持ちだった。
「昼休みのあと、対局室へもどるまでに、名人の白90の封じ手は決まっていた。
「先生、お疲れ様でございました。」
と大竹七段の見舞いに、
「勝手ばかり言ってすみません。」
と、名人は珍しくわびて、打ち掛けとなった。
そしてついに、次の8月14日の対局を持って、3ヶ月にわたって、この対局は中止される。 次の対局日は8月14日であった。
しかし、名人の衰弱ははなはだしく、また病苦がつのって、医師も手合いを禁じ、世話人たちは諫止し、新聞社も断念した。
14日は名人が一手打っただけで、この碁を休むことに決まった。
11月、体力が打てるまでに回復した名人は、再び大竹七段と対局の打ち継ぎをする。 この間、両者ともこの3ヶ月を使って、対局の研究をするということはなかったそうだ。 しかし、、、 再開21手目の封じ手で、大竹七段は、対局と対局の間の3日間を、一番難しい局面(右下)の結論を考える時間にあてられるような、どうでもいい場所にうって、時間をかせぐ作戦、と取られそうな封じ手をしていたことが、その3日後にわかる。 芸道を大切にし、そのためにつらくても打ち続ける名人は、この作戦(?)についに憤る。
「この碁もおしまいです。大竹さんの封じ手で、だめにしちゃった。せっかく描いている絵に、墨を塗ったようなものです。」と、小声だが、激しく言った。
「あの手を見たときに、私はよほど投げてしまおうかと考えた。これまでという意味でね……。投げた方がいいかと思った。しかし決心がつきかねて、考え直しました。」
「その日の最後の手がむずかしい場合、間に合わせに黒121のような手を打っておけば、3日後の打ち継ぎまでに、今日の最後に打つはずの手を十分調べられるわけだ。」
こんな気持ちのまま、大竹七段に勝負手をかけられた。
(大竹七段は、)遂に白地の中へ切りを入れた。
(略)ところが、名人は黒の必死の切りをうっちゃって、そこを手抜きして、右辺に逆襲をして、黒の出足を押さえた。
私はあっと驚いた。
やられたらやり返す。 そんな気迫ともとれるのですが・・・
(略)あるいは、自ら傷ついて敵を倒す、相打ちの激しさを求めたのか。
(略)勝負の気合いというよりも、なにか名人の憤怒の一手かと思われるほどだった。
(略)白の運命の一手は、名人の心理か生理の破綻かもしれなかった。
強い手とも渋い手とも見える白130は守り続けの名人が攻めに出ようとしたのかと、その時、素人の私には思えたが、また名人が堪忍袋の緒を切ったか、かんしゃく玉を破裂させたかのような感じも受けた。
ところがこの一手も、白から黒に切りを一本入れておけば、それでよかったのだという。
この判断ができなかったところが、体力や気力を含めた、負け、だったろうということなのです。
この白130敗着は、大竹七段の封じ手に今朝から名人が憤怒した余波では、おそらくあるまいが、しかしわからない。名人自身にだって、自分の心の内の運命の波や通り魔の風はわからない。
時代のながれ、ともいえるかもしれません。 そして、その時代の流れと同じように、黒石の軍団が、たてにつっこんできて、白陣は音を立てて崩れます。
黒129と切った、白の三角のもう一方を、黒133で切って、三目の当たり、それから黒139まで、当たり当たりと、ぐんぐん一筋に押して、大竹七段のいう「驚天動地」の大きい変化が起きた。
黒は白模様の真っ直中に突入した。
私はがらがらと白の陣の崩壊する音が聞こえるように感じた。
その動きを > ボタンを押して、雰囲気を味わってみてください。 そして、終局を迎えます。 負けが決まっていた名人でしたが、最後まで燐とした態度を崩さない強さをみせたのでした。
この碁のような大勝負では、終局に近くなると、むごたらしくて見ていられないと、私は聞いていたが、名人は動じる色がなかった。
200手当たりから名人も頬が赤らみ、首巻きも初めてはずし、迫った気分だったが、姿勢は凜と崩れなかった。
むしろ周囲のほうが、目をそらさずにはいられませんでした。
手止まりの時は、もう名人は静かだった。そして無言のまま駄目を一つ詰めた瞬間に、小野田六段が
「五目でございますか。」
「ええ、五目…」と名人はつぶやいて、はれぼったい瞼を上げると、もう作ってみようとはしなかった。
終局は午後2時42分だった。
こうして、「不敗の名人」は引退の碁をで負けて、その1年半後には、この世までを去るのでした。 ちなみに私は囲碁は始めたばかりで、この対局の内容のおもしろさなどは、ほとんどといっていいほどわかりません。 smile_aceさんというハンドルネームの高段者の方のホームページに、ちょうどこの碁の解説ファイルが載っていましたので、ご参考に掲載させていただきます。 smile_aceさんのホームページの『名人』紹介記事です。

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『八咫烏』孤独な混血が日本サッカーのシンボルに [読書(小説)]

司馬遼太郎『八咫烏』を読んで、ようやく古代日本のイメージがわいてきました。


果心居士の幻術

果心居士の幻術

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1977/10
  • メディア: 文庫



神話の世界を、本当に現場に入って見届けたようです。
出てくるのは、神様ではなくふつうの人、です。

あらすじ


宮崎県日向が本拠のわだつみ族の植民地で、そこに住む人々を猿田彦さるだひこが宰領する和歌山県那智勝浦に、海が見下ろせる丘の上に独りで住んでいる八咫烏やたがらす
母は、(奈良県)宇陀うだの巫女の間でおきた、大阪府葛城筋と奈良県飛鳥筋の抗争から逃げてきた、天鎮女あめのしずめ。島根県が本拠の出雲いずも族である。

八咫烏やたがらすわだつみ族と出雲いずも族のあいの子だが、出雲いずも族の顔をしているので、わだつみ族とは認められず、差別されてつきあってもらえない。

日向本国のイワレ彦(後の神武天皇)の軍は、奈良県吉野[このあたりはヤマト盆地]に根を下ろした出雲族を降伏させて占領しようと、、北東の大阪の方から攻めたが失敗したので、意表を突いて南の山のなかを通ることにした。
八咫烏やたがらすは出雲族の言葉の通訳、そして出雲族らしい大きな体と山の中に住んだ経験を生かすことになる、案内役を命ぜられた。

初めてわだつみ族と認められて、喜び勇んで山のなかを草木をわけて、先頭を進んだ。
荷物運び兼のつらい役目も気にならず、やがて疲れたイワレ彦を背負う。

それはイワレ彦という神の乗り物になることで、宮崎県日向の本隊の人たちは、八咫烏やたがらすを大切に扱うようになる。
八咫烏やたがらすに順風が吹き始める。

山のなかで、縄文時代のようにほら穴に住む土蜘蛛つちぐも族と呼ばれる種族の酋長、一言主命ひとことぬしのみことが、鵜飼いでとったアユを恭順のしるしに届ける。
敵方の長、長髄彦ながすねひこの妹を妻に持つ、高知県土佐わだつみ族の饒速日にぎはやひの手引きで敵方に潜り込み、勝浦わだつみ族の軍のリーダー赤目彦あかめひこ一言主命ひとことぬしのみこととで、長髄彦ながすねひこにたいする降伏交渉を行う。八咫烏やたがらすは通訳をするうち、
「あいのこはどちらの族の氏神にも守られていない」
とののしられ、 「こいつを斬ってください」
と相手の言っていないことを伝える。

そして、斬られたクビが怖いのかと馬鹿にする赤目彦あかめひこを、積年の恨みもつのり、殴り殺してしまう。

目撃した一言主命ひとことぬしのみこと饒速日にぎはやひはそれぞれ、土蜘蛛つちぐもとして同じ立場にあること、子供があいの子であることから同情し、殺害をみなかったことにしたので、八咫烏やたがらすは、この功績で高級副官のような地位にのぼり、建津身命たけつみのみこと(別名、賀茂建角身命かもたけつのみのみこと)というもっともらしい名前までもらう。

出雲いずも族は巫女の信託によって生活していた。
融和のため、またわだつみ族がより優位にたてるように、宇陀の巫女とその憑き神である天照大神あまてらすおおみかみが、わだつみ族につくように説得、巫女の棟梁、天鈿女命あまのうずめのみことは、あっさり同意する。そのとき、八咫烏やたがらすが昔の友垣、天鎮女あめのしずめの子であることを見抜いたが、八咫烏やたがらすは出雲族であることをあまり知られたくないので、目をかけないでくれ、と言う。彼の孤独が伝わる。

こうして第一期のヤマト平定事業は終了、饒速日にぎはやひは出雲族の梟師たけるとなった。
そのほかの功臣、内応者も功績にあわせた職を与えられたが、八咫烏やたがらすは重職への推挙を断った。
混血児としての処世に疲れたのだろう。また孤独を選んだ。
まだなにもない原野の京都府山城に領地をかまえ、宮居をたてて住まうことを許され、やがて娘の玉依媛たまよりひめを、隣の領地の出雲族の酋長たけるに嫁がせて、領地を安泰にした。
あいの子のために、30歳まで女性に相手にされなかった八咫烏やたがらすは、結婚できたことになる。
孤独はいやせたのだろか。


小説その後の歴史へ


伝説の世界の話を、流れるような小説にしているのは、史実を自分なりの見解で解釈する、歴史作家司馬遼太郎の力量を見せられる思いです。登場人物の末裔が、不確定ですが実際の史実に近づいていきます。
賀茂建角身命かもたけつのみのみことである八咫烏やたがらすの末裔は、「賀茂」氏として、京都の神官の家となり、役行者や、陰陽師安倍晴明の師匠、賀茂忠行を生みます。下鴨神社もカモの字が違いますが、賀茂氏の関連です。

また、饒速日にぎはやひは、小知、やがて越の国との縁を見いだして「越智」氏となり、その庶流は多く長く反映し、ヤマトと愛媛県松山に、天皇家筋と長く明治になるまで縁を続けます。

もちろん、イワレ彦は、神武天皇となり、代を数えて歴史上の実在が濃厚と言われる応神天皇、そして現在の天皇家へと続きます。

植民地族の宰領、猿田彦さるだひこの妻となったのではと言われる天鈿女命あまのうずめのみことは、天照大神あまてらすおおみかみが宮崎県高天原で天の岩戸に隠れて世の中が真っ暗になったときに、踊りまくって周囲を大笑いさせ、天照大神があまてらすおおみかみを外に出して世の中を再び明るくした神話で有名だが、それは当時の巫女の存在を示しているのではないかと言われています。

小説の時代背景


また、この時代の背景もおもしろく設定されていて、土蜘蛛族は、弥生時代になって住居に屋根をつける技術を知っていても、かたくなに縄文時代の生活パターンを残してみせてくれています。今では岐阜県長良川で有名な、鵜飼いでアユをとる風習も、土蜘蛛族がもっていたものでした。

朝鮮系の出雲族は、弥生時代を象徴するように、白装束でヤマト盆地にやってきて、田を耕し、もともと土蜘蛛族の領地だったところを腕力より事実で奪って、土蜘蛛族を山に追いやります。

戦いの際にクビをとる風習のあった南方系の海族も、宮崎~鹿児島~高知~和歌山と西から東に海を通って植民地を広げたことを示しています。

天孫降臨で有名な高天原たかまがはらが宮崎にあるのも、この小説のストーリーなら話があいます。

思うところ


このストーリーが正確かは誰にもわかりませんが、古代史をこうして読ませてくれることで、歴史好きだけではなく多くの人に、日本という国がなりたっていった頃へのロマンスを想わせてくれる、貴重な小説です。
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『風は山河より(第一巻)』家康の祖父、松平清康を生んだ山河 [読書(小説)]

風は山河より 第一巻

風は山河より 第一巻

  • 作者: 宮城谷 昌光
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/11/30
  • メディア: 単行本


読みました。

三河の小豪族、菅沼氏の一族で、菅沼新八郎の物語ですが、第一巻の主役は、徳川家康祖父松平清康です。

1500年代前半の、群雄割拠の三河のなかで、松平氏は一豪族に過ぎませんでした。もっと東に拠点を持つ今川氏、その頃は寿圭尼実権を握っていた時代です。

清康は、その今川氏に属していた三河近辺の豪族をほぼ配下に治め、いよいよ反対の岐阜方面に進出、というところで、「守山崩れ」と呼ばれる内紛で、凶刃に倒れます。

清康を見た菅沼新八郎は、その目の美しさに感動します。

目は心の窓といい、人を切る武士の棟梁ではありますが、その心は澄んだものだったのでしょう。

そして実際、清康は、一度裏切ってもまた自分のところに戻ってくる家臣・豪族に、なんの意地悪い気持ちも持たずおおらかに受け入れるのです。

これは清康の個性と言うより、松平・三河武士の特性として説明されています。

そのおおらかさを、菅沼新八郎の言葉を借りて著者は、家臣にたいする無限の優しさであり、それはかえって恐ろしい、と見ているのが興味深かった。

つまり、それほどまでに信用され、温かく迎えられた家臣は、自分の一命など顧みず、身を賭して戦いに臨むのでした。

命を捨てさせる優しさ、、、、

こういう考え方もあり、もしかするとこれが日本人のホントの強さではないかと思いました。

これと相対するかのごとく、織田信長の父、信秀と、信秀と親交のある叔父の松平信定は、合理を貫き、兵法・交渉ごとなどを基礎に、生きていくのでした。

まだ先の結論ですが、天下を統一するのは、軍事という規律を重んじた織田信長とその意志を継いだ豊臣秀吉で、しかし、統治、ずっと民心の心をつかんで平和の世を築いたのが徳川家康だと思えば、この小説の第一巻は、それを予見させる幕開けとなっているのではないでしょうか。

反面清康は、同じ一族でも、戦況が不利だからと仲間を助けない松平信定には、叔父だろうが容赦せず、罵声を浴びせます。

ちなみに、岡崎の大樹寺というお寺には、徳川家代々のお位牌がおかれています。位牌の高さは、亡くなった際の背の高さです。しかし、家康以前の松平宗家の位牌はみな同じ高さで、清康のものもあるのですが、残念ながら大きいのか小さいのか、わかりませんでした。


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名人伝…努力して強い名人になった後、どうなる? [読書(小説)]

中国小説集

中国小説集

  • 作者: 中島敦
  • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
  • 発売日: 2007/06/02
  • メディア: 文庫


中島敦の「名人伝」では、やはり中国の昔の弓の名人が、老師について修行をした後、弓を射なくなり、それでも盗賊は襲わず鳥は家の上を通らなくなる、という故事が紹介されています。



九年たって山を降りて来たたとき、人々は紀昌の顔付の変わったのに驚いた。

以前の負けず嫌いな精悍な面魂は何処かに影をひそめ、何の表情も無い、木偶の如く愚者のごとき容貌に変わっている。

(略)都は、天下一の名人となって戻ってきた紀昌を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧返った。

 ところが、紀昌はいっこうにその要望に応えようとしない。いや、弓さえ絶えて手に取ろうとしない。

(略)至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなしと。

(略)紀昌の家に忍び入ろうとしたところ、塀に足を掛けた途端に一道の殺気が森閑とした家の中から奔り出てまともに額を打ったので、覚えず外に転落したと白状した盗賊もある。

爾来、邪心を抱く者共は彼の住居の十町四方は避けて廻り道をし、賢い渡り鳥共は彼の家の上空を通らなくなった。

(略)実際、老後の彼についてはただ無為にして化したとばかりで、次のような妙な話の外には何一つ伝わっていないのだから。

(略)或日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。

確かに見憶えのある道具だが、どうしてもその名前が思い出せぬし、その用途も思い当たらない。

「(略)ああ、夫子が、-古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや?

ああ、弓という名も、その使い途も!」

 その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は質の絃を断ち、工匠は規矩を手にするのを恥じたということである。



弓を極めると、弓がわからなくなるなんて…
極めるまでにずいぶんと力を入れてきたことが、無駄になるとは。

どう思います?これ?

だけど、武術とはジャンルが違いますが、先日のボクシング元世界チャンピオン、渡辺二郎が恐喝で捕まったのを聞くと、強くなって戦うことだけで生き抜くことは、意味のあることなんだろうか、と思ってしまいます。

剣豪宮本武蔵は、その正体は実はほとんどわかっていなくて、小説家の吉川英二氏が残された少ない事実と想像力を駆使して、いま多くの人が思っている人物像をつくりだしたのです。

しかし、宮本武蔵の画は確かに実在していて、その中の「枯木鳴鵙図」は、枯れた、しかしずいぶんと高い一本の木の上から、鵙(もず)が地面を見下ろしている画です。その鵙(もず)の眼光と木の枝が、剣豪を思わせる筆さばきで描かれています。

「枯木鳴鵙図」で武蔵は、達観した心境で、戦うことを一段上から静かに見下ろしている、と言われています。

この心境に達することは、きわめて難しいのかもしれませんが、達人だけが見た境地が多くここにあるのなら、それはすなわちそれまでの道のりは「無駄」ではない、と言えないでしょうか。

そういえば、恐喝で一緒に捕まった羽賀研二も、サムライの親分まで上り詰めた人でした。

征夷大将軍  … もとい … 誠意大将軍 … 自称

懐かしいネタで…


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三国志_宮城谷版_曹操と劉備の兵法から [読書(小説)]

三国志〈第5巻〉

三国志〈第5巻〉

  • 作者: 宮城谷 昌光
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 単行本

第5巻では、いったん曹操に泣きついた劉備がこんどは反旗をひるがえし、曹操が劉備と戦います。

曹操と劉備の兵法の違いを、著者は下記のように書いています。



劉備は学問ぎらいであり、最高の兵法書といわれている『孫子』も読まなかった。
兵法書の語句にとらわれると、発想が生気を失い、戦術が硬直する、と信じていた。

(略)(過去のある歴史から)兵法書は実戦にはかえって害になる劉備は頭から軽視した。
一方、曹操『孫子』を誦読し、註を付すことができるほど精通していた。
それゆえ劉備は兵術において曹操におよばなかったというのは早合点であり、みずからを解放するところまでやってこそ真の学問であるという体験をしなかったことで、劉備は学問蔑視にとらわれてしまったといえる。
書物にとらわれないようにすることに、とらわれてしまったといいかえることができる。
したがって劉備の兵術は我流であり、法がないために、法を超えた法、というような兵術の極意に達しようがなかった。


「とらわれない」ということに「とらわれる」ことのないように、という考え方は、導引術早島正雄氏
「体を整える「気」のすべて」

体を整える「気」のすべて―心身の不調を解消する驚異の「導引術」

体を整える「気」のすべて―心身の不調を解消する驚異の「導引術」

  • 作者: 早島 正雄
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 文庫

の中の、静坐法という心のイライラを静める方法を紹介している項に、そのコツとして書いていることと近いようです。

健康法のコツと、真の学問と、兵法が同じ考え方、というのは、非常におもしろいですね。

また、ある兵法(この場合は「弓」)にとらわれなくなると、どのような心境になるか、どのような結果になるか、中島敦さんの「名人伝」はそのことを題材にかかれています。

中国小説集

中国小説集

  • 作者: 中島敦
  • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
  • 発売日: 2007/06/02
  • メディア: 文庫

弓を極めた名人が、弓の存在すら忘れますが、あたかも弓をいつでも射ているかのように、盗賊は弓をうたれたかのように感じて忍び込めず、鳥は上空を避けて通るのです。

これらは、「老子道徳経」第48章が言い表しています。



学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じて又た損じ、以って無為に至る。無為にして為さざるはなし。


「学を為せば日々に益し」:知らないことを知る、気づかなかったことを気づく
「道を為せば日々に損ず」:その学んだことにとらわれなくなる

こういうふうにも読めます。

こうして自然体の大きな気、あの人は英雄だとか、大物だとか、社長の器だとか、いわれる雰囲気にたどりつくのではないでしょうか。

とすれば、人が何かに対して精一杯努力することが、その途中で結果がでなくても、もっともそのもとの目的にかなうでしょう。

努力している道中、その結果にとらわれない心境が大切だだとするなら、現代社会でよくいう「目標と結果」だけに注目するという考え方は、なんだか最高の結果に達するには、弱いように感じます。

話を宮城谷さんの三国志に戻すと、前のブログで曹操が「兵書読みの兵書知らず」と表現したのは、兵書に書かれた一部を使うだけでは、存分に兵書を理解しているとは言えず、それを自在に使う自分に達して、はじめて書が生きる、ということを表現しており、この第5巻の説明と対をなす部分でした。

学ぶこと、実践すること、生きること、

大きな気にむかって、心を豊かによりよく生きていくには、努力することととらわれないことが、両方必要なのだと、あらためて歴史小説から思いいたりました。


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三国志(宮城谷昌光版)第3巻_英雄曹操の若き日のできごと [読書(小説)]

三国志 第三巻

三国志 第三巻

  • 作者: 宮城谷 昌光
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/11/10
  • メディア: 単行本

一度は三国志…そうおもってから、10年以上が過ぎました。
渡辺昇一さんの本で、ビジネスマンは一度は三国志という記事を
見て、初めて手を出してみました。

三国志は膨大な物語で、これはその第3巻に出てくる、もっとも好きな場面です。

この本は第2巻までは、後漢という国がいかに崩壊していくかを書いていますので、「組織がいかに機能しなくなるか」の勉強になりました。

3巻くらいから、その乱れに乗じて、または自分を守るためにいたしかたなく、地方の豪族や力のある武将がそろい始めます。

魏の曹操が、初めてほかのある武将に認められるシーンです。
場面は、朝廷の独裁者に対抗しようとする武将が軍を率いて集まっている、その夜のことです。



p201
 「泰山の鮑氏が、ここに、きたのか」

近侍の者がおどろくほど大きな声でそういった曹操は、経緯と喜色をもってこの珍客を迎えた。
泰山の鮑氏とは何者であるのかということを熟知した落ち着きを曹操はもっており、そういう認識の篤さの上に活気にみちた表情を置いていた。
さらに客に接する容儀の正しさが鮑氏兄弟を感動させた。
鮑信(ほうしん)と鮑韜(ほうとう)は語るうちに、残っていた不快な気分が消え去るのを感じた。

-これは相当な人物だ。

 と、おもった鮑信は、

「ひとつ気になることがあります。
ただしそれをいうと気分を害することになり、これまでの歓談がこわれます。
わたしは不明にも曹君の気質を呑みこんでおらず、苦言や諫言を嫌っておられるのであれば、いいません

 と、器量をためすようにいった。
曹操は自分の膝をたたいて笑ってから、

「直言をさけていたら、人は成長しない。
苦言や諫言は良薬のようなものだ、と殷の湯王がいっている。
たとえにがくても、呑まねば、病は治らない。 私の悪いところがどこか、遠慮なくいってもらいたい

-袁本初とはちがう。

袁紹は苦言をききながそうとするので、人にたいする容が歪む
それにひきかえ曹操は学生が師の訓戒をききのがすまいとするかのようなひたむきさをみせる。 そういう誠敬の態度をみせられると、発言する者も軽狡(けいこう)なことはいえない。

「では、いいましょう。わたしは諸将の営所を観ましたが、ここの営所だけが、粛然としていました。それはよいのですが、べつなみかたをすると、陰、なのです。陰である陣は、敗れにくいが、勝ちにくい。戦場では無為無効の陣になりかねない。すなわち曹君は、集まったばかりの兵に厳しすぎる軍紀をおしつけているからではないか、と愚考したのです」

「あっ」小さくはじけるように声を揚げた曹操は、

「兵書読みの兵法知らず、になるところでした」 と、頭を掻き、鮑信の微笑をさそった。鮑韜は肩をゆすった。

「これを合するに文をもってし、これを斉(ととの)うるに武をもってする。これを必取という。わたしは孫子の兵法を百回も読んでいるのに、官兵と義兵のちがいをわかっていなかった」

総率者は集合したばかりの兵に親しみをもたせる工夫をすべきであり、いきなり厳しい刑罰をおこなってはならないということである。しかしながら兵が総率者に狎れたあとに刑罰をおろそかにすると、兵は総率者に心服しない。その過程が正しければ、その軍は必取、すなわち必勝となるのである。それを鮑信は曹操に気づかせてくれたのである。

-異才だな。

と、鮑信をみた曹操は、話題を兵法にとどめず、(略)
ともに古学にくわしいので、たがいの顔が夕闇に沈んでもなお語りあったが、(略)
馬上の人となった鮑信は、昂奮が冷めず、

-これほど楽しいおもいをしたことが、かつてあったろうか。

と、おもえば、夜の冷気がかえってこころよかった。(略)

「世の中は広いな。曹孟徳こそは、天に昇るまえの龍だ。(略)世の中はさらに乱れ、天命を承けるのはかならず曹孟徳だ」

と熱い息を吐いた。


戦場にいこうとして、しかも軍を率いてきている武将だとして、少なからず気が昂っているのが、自然ではないでしょうか。

自分が勝とうとする気持ちを無理やりにでも前に出そうとしている。

そんなとき、謙虚になり、自分の失敗を笑い、薬にして、改善できる、その肝胆の大きさは、計り知れないことでしょう。

しかも、曹操はすぐに教科書、孫子の兵法の必要箇所をそらんじて、基本に戻ろうとする苦学生のようです。

つまり、こういう気持ちを常に持ち続ければ、ひとというのは大きくなっていくのではないでしょうか。

この「常に」というのが、もっとも難しいところで、「このくらいは…」と誰もが思うことなのではないでしょうか。

私が習っている導引術は、ちょうどこの時代にも中国で行われていたようです。

気の導引術で、気をととのえて、少しでもそのころの英雄に近づきたいものです。


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「或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)」 [読書(小説)]


或る「小倉日記」伝

「或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)」(松本清張著、新潮文庫)には、短い時間で読める、考えるヒントになる、けっして「きれいごと」ではないストーリーが8編取り上げられています。
日本経済新聞の夕刊で、松本清張氏が取り上げられていたことと、時間がない中で、短編小説なら読めるのでは、と思い立ったことから、手にとって見ました。

 人と人との関係を大切に取り上げる小説は多いのですが、頑固に、または、なにかにつかれたように人生をかけて一つのことに取り組む、そして、自分を振り返らない人生をいくつも取り上げています。

 私が高校の頃は、ひとつのことにこだわることが、大切なことだとという雰囲気がありました。あちこち手を出すのは軽いことだと。
この本では、そのこだわりがもっとも重要と見られている、学問の世界を舞台にしている小説が多く題材になっています。

いまは、柔軟な発想が大事だと言われているようです。
時代の違いでしょうか。

 松本清張氏は、頑固に生きることに、いいもわるいもコメントしていません。むしろ、いい面と悪い面を両方考えさせてくれます。気づかずに読んでいたのですが、最後の解説で、評論家の平野謙氏が、それを教えてくれました。

「世間を見返してやりたいという復讐的な希いのままに、いわば現世の栄達の代用品として学芸の世界をえらんだひとびとの前には、いつまでたっても現世のミニチュアとしての学芸の世界の側面しか扉が開かれていないのではないか。」

「ひとたびは現世的なものを超えるために学芸の世界に身を投じながら、その学芸の世界を現世的な保証に代置したいという彼らのコンプレックスの悪循環ぬきにして、ただ学芸の世界の現世的な側面だけを責めるわけにもゆかぬはずである。

しかし、彼らはついにそのことを悟らない。」

 主婦の自分に飽き足らず、ひとかどの歌人になり、高慢が嵩じて気がふれて、最後に平凡なだんなのもとに還る「菊枕」、

いったんとりたててくれた恩師が、自分の期待にこたえ切れなかったことから、逆に論客となり、歴史の学術的に立派な功をなしとげてもさびしい人生を送る「断碑」。

 そんな中で、私は違うトーンで書かれた「火の記憶」が気に入っています。

「母子家庭に育った自分に、父と一緒にいた記憶がないことに疑問を持ち、生い立ちを探ると、母や父の、人にいうのがはばかられる過去が見えてくる。
 犯罪者だった父を逃がすために、母は調べを続ける刑事に体をはる。刑事はそれが理由で、職を失う。
 刑事が他界して、母に死亡通知がとどき、母はそのはがきを保存していた。
 主人公の婚約者の女性の兄は、そのことを調べ、「女の気持ちはそんなものであろう」としめくくる。
 婚約者の女性は、「どんな人の子であろうが、もはや、私には問題ではないのだ」というふうに、兄からの手紙を細かく裂いて小説は終わる。」

平野謙氏は、この小説にはあまり触れていません。もしかすると評価が低いのかもしれませんが、この最後の婚約者の毅然とした態度が目に浮かぶようで、わたしは未来を感じました。

愛する人を助けるために女性が体当たりする、というのは、映画「007カジノ・ロワイヤル」にも、「武士の一分」にも、違う形で取り上げられています。男にとっても女にとっても複雑なテーマです


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『連鎖』にくしみでなく、幸せを [読書(小説)]

『連鎖』(真保裕一・講談社文庫)を読みました。

連鎖

連鎖

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1994/07
  • メディア: 文庫

食品Gメンという、耳慣れない職業の主人公、不正輸入などをあばく仕事なので、探偵ものに
近い迫力があります。観察力、証言を引き出すしかけ、仮説のたてかたなど、刑事
コロンボみたいです。

ある日、食用肉倉庫に農薬がばらまかれる事件が発生。
大学時代の友達に奪われ、結婚した昔の恋人を、奪った数日後、友は突然車で海に
突っ込んだ。記事を書くために、不正輸入を調べていたらしいことがわかる。
次から次へとおきる不可解な出来事、これらはなにか関係が・・・

展開は痛快、不思議がいっぱい、、、でも、メッセージは明確です。

食品関係のスクープを掲載して名を上げた友に嫉妬し、あえて妻を誘い、事件に
巻き込まれた後、さらに負けたくない一心で、捜査を続ければ命がないと暴力団に
脅されても立ち向かう姿は、スマートな小説全体の中で、「いじましさ」を感じます。

結局この事件は、恋人に自殺された娘の父親が、その原因となった相手に復讐
しよとして、多くの人を巻き込んだ、なんとも物悲しい『連鎖』なのでした。
巻き込まれて命を落とした企業人の娘の中学生が、恨みをはらそうと行動した後、
主人公は最後にその悲しい連鎖のむなしさを、事件を明らかにすることによって
伝えるのです。

食品輸入という国際社会を感じさせる背景の中で、このメッセージは、ちょうど
イスラエルと周辺諸国の「やられたらやり返す」戦争の連鎖を思い起こさせる、
考えさせられる作品でした。


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「ダ・ヴィンチ・コード」ディズニーとの関係 [読書(小説)]

Yahoo!アメリカ版調べた限りでは情報取れませんでしたが、、、
この本によるとウォルト・ディズニーは「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と賞賛されたそうで、

そのディズニー自身が
「聖杯の物語を未来の世代に伝えることをひそかにライフワークとしていた」とか。

だから、
「ディズニーが<シンデレラ>や<眠れる森の美女>や<白雪姫>といった、
いずれも神聖な女性の受難を扱った作品を制作したのは偶然ではない。」
と、少なくとも作者は考えています。

ディズニーの温かみは、ミッキーやニモというおとこキャラも、ミミーやドリーという
おんなのキャラも、それぞれの「らしさ」をいっぱいに魅せるところからも
来ているのかもしれません。

副産物でしたが、ちょっとディズニーが好きになりました。


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