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「王朝の恋」展:男なら伊勢物語だ! [芸術鑑賞]

先週ですが、東京・皇居前の出光美術館で開かれている
「王朝の恋-描かれた伊勢物語」展に行ってまいりました。

会期は平成20年2月17日までです。

古典にからっきし弱い私ですが、きれいな絵を見るために行って、ついでに1000年以上前の物語の世界に触れることができました。

これはちょうど、子供の頃どうしても読書にはなじまなかったのが、マンガなら画のイメージがあるので、物語が頭に残ったのと一緒だなー、と。

「伊勢物語」は平安京(794坊さん平安京…)に移って50年たたない頃、(姓のない?)天皇の五男が天皇家の部下の家柄になるということで「在原」という姓をもらった「業平」さんのお話で、その日記、といわれているそうです。

展覧会の印象は、

書も色合いも、清澄な?柔らかさにつつまれるような美しさでした

色合いは1600年くらいの
俵屋宗達が描いた金色が醒めずに輝き続けていたのと、1800年くらいの酒井抱一が描いた杜若(カキツバタ)の藍色がはっきり残っているのが印象的でした。

理由をくわしいひとに教わったんですが、金属が主に入っている絵の具を使うと、永く残りやすいそうです。

書については、美智子様にご進講した、熊谷恒子さんの記念館で、この平安時代の歌などを「書」という芸術にされているのを何度も見ているせいか、とても美しい字のバランスに感銘を受けました。

さらに展示品で気に入ったのが、俵屋宗達が作った硯箱(筆と墨と硯、ようするに習字セット?)の蓋のデザイン。刃物の彫りあとが、くっきりしていて、かつ光沢のある塗りが印象的でした。

で、家に帰ってさらに展覧会のカタログ勉強しまして。

なるほど伊勢物語はおもしろいかも、、、

と思わせる寄稿がのっていました。

上野英二さんという成城大の先生が、巻末に

「昔 男ありけり-伊勢物語への招待」

で説明してくれています。

私なりにまとめます。違ってたらごめんなさい。上野先生。

『在原業平』は、(短歌も残っているし←研航註)ほんとにいた人で、国が認めた男前だ。天皇の子で、血筋も最高

(まだ坂上田村麻呂が東北征伐して50年もたたない←研航註)軍事色の残っているころなので、中将というのはホントに軍人で将軍。強くてかっこいい、典型的な「男」の日記なので、女性へのアプローチ強引で身勝手

女性がどんな気持ちで反応したか書かれてない。そこが文学好きの多くの女性たちに受けがいまいちだった。

で、100年くらい後に平和になったころ女流作家が、もっと女性受けのいい男前の話を作ろうと『源氏物語』を書いたフシもあるわけなんだけど、『伊勢物語』は男の話として見直せば、かなりおもしろい。」

男視点だな、と会場でも思いました。

出光美術館学芸員の笠嶋忠幸さん作のあらすじが各コーナーの絵のまえにでていて、



14段:くたかけ
「行く先、陸奥国まで進んだ男。
ひなびた土地であっても女との出会いはある。
歌さえもひなびて興ざめではあるが、一夜を共にしようと思い、男はある女のもとを訪れた。
しかしあまりのセンスの違いに我慢できない男。
夜更けになって、屋敷を出てしまう
「まだ鶏も鳴かぬのになぜ行くのか」
と問う女へ、男は京へ帰らねばといいわけをする。」


絵でも女性の仕草が雰囲気がでていて、岩佐又兵衛のは、扉から顔を出して
「どこいくのぉ?」
という女性に、
「やべ、見つかった、、、いや、ちょっと、、」
腰が引けている「男・在原業平」

俵屋宗達の絵なんて、女性が廊下まで出てきているのに、完全に背中向けてて、背中が冷たい…

やー、身勝手ですよね。合コンで顔見て、気に入らないと初めにすぐ帰っちゃう、よくもてる後輩知ってます。鬼。

だけどまあ、いい女かどうか、だけじゃなくて、センスが合うか合わないかで女性を好きになったり嫌いになったりするのは、男目線でよくわかる。

こういう話は、きっと源氏物語好きの女性には受けが悪いんだろうな。

しかもですよ、坂上田村麻呂が征伐した頃の東北は、みんなで協力して農業しなくても木の実を取ったり魚をとったりして、遊牧民みたいに移住して暮らしていればすむような食べ物に困らない地域です。

米作りが重要ではないので、奈良京都の政権がやりたい、稲作して年貢治める仕組み(荘園制度)に乗っかりたくないのもあって、抵抗していたわけです(←司馬遼太郎「北のまほろば」より)。

文化なんか創らなくても生きていけたわけです。歌作って語呂合わせ入れなくても。

で、まあ定住してないのもあって、けっこう野蛮と言えば野蛮。
対立してたころは、たまに京都から姫様さらってくることもあったらしい。

そりゃー話題も歌も、視点が違うからあわないよね。
でも、差別感がすごいけど、今の時代でもここまで言うのは、強気の行動に出るやや無神経なタイプの男性です。

というわけで、フェミニスト好きの女性には評判のよろしくない

男・在原業平」の物語『伊勢物語』
を、もっと評価しようよ、という上野先生の意見に、なるほどと思いました。

ところで、出光美術館は、見終わった後のお茶のみコーナーから江戸城、今は皇居の眺めが、本当にすばらしい!日本のお城はやっぱりすごいんだ、と、日本人として新鮮な驚きでした。

もっとも縁遠い世界に少し近づけるいい機会になりました。

ところで、なんで同じ話を画にするんだ?

というのが、私のあらゆる古典への、毎回の疑問です。

落語でも、能でも、西洋ではオペラでもそうですが、話としては知っているワケじゃないですか。それをいろんな人がいろんなところで何度も何度も演じる、描く

でもこの疑問、競争社会で「常に新しい知識を」と教育された悪影響ですね。
落語なんか典型的ですが、この絵巻でも、わかっているいい話をいかに人の心に届けるか、は、その演者・作者の腕の見せ所なわけです。
同行した人にあらためて言われて、そうだなぁ、と、私の視点の未熟さが変わってないことを思い出した。
そろそろ咲き始めた梅でも、春に咲く桜でもそうなんですけど、ただ「梅の季節だ。きれいだな。」と思うのと、「今年の梅はほのぼのした感じだ」と思えるのとでは、一段違う感じですよね。この人や自然の気を感じる力が、もともとの私には身につけずに生まれ育ってきたようです。

金色についての余談です。

金は、ほかの物質と結びついて変わってしまったりしにくい、とても安定した金属です。なんでかというと、理科でならった金の絵でわかるんです。いちばん外側の電子の並び方に「隙(すき)」があったり「でっぱり」あると、他の物質と結びつきやすいんですが、金はイメージで言うと、きれいに上下左右に2個ずつ8個並んでいるので、隙もでっぱりもないんですね。
それで、さびにくいので、i-Pod、Walkmanに付いているイヤホンをいいものにしようとすると、金メッキされたものを買うことになるわけです。


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熊谷恒子さんに教わる、「書」の世界 [芸術鑑賞]

熊谷恒子記念館に言って参りました。

地下鉄西馬込から徒歩10分、大森駅からバスで5分、住宅街の中にあるこの記念館には、書道家熊谷恒子さんの作品が20点ほど展示されています。

熊谷恒子さんは、かな文字が有名で、35歳で子供と一緒に書道をはじめて、ついには美智子妃殿下にご進講(つまり教えた)までされた方です。

典型的な日本家屋の中にはいり、扉をあけると、ふつうの品のいい応接間、そこから隣の客間らしい部屋にかけて、作品がガラス越しに置かれています。

今回は気が向いて、ワープロのかなを読んでから、どの字がどの字か、当てはめながら最後まで読んで、全体をみたら、はじめてグッと飛び込んできました。

書がほんの少しわかったみたいで、うれしいっす…

やはり、書はメッセージで、魂を込めて書道家が書かれている内容がわかると、芸術が感性にはいってくるのでしょうか。

写真の熊谷恒子さんは、ほんとに品のいい笑顔のすてきなおばあちゃん(子供の頃は美少女だった証拠写真もある)で、おばあちゃんのうちに遊びに行って、ゆっくりさせてもらって、宝物をみせてもらった気分です。

2階においてある筆とすずりと半紙で、自由に書いて記念の印を押してもらえます。たいてい毎回書くのですが、今回触発されたせいか、気合いが入った字になってました。

まあ、お世辞にもうまいとは…ですが…書は心だぁ!ということで。

すっかり気がよくなってたせいか、玄関わきにある、ひたむきに書に取り組む熊谷恒子さんの銅像にお礼を言ったら、横顔で静かに見送ってくれたような気がしました。

気のせいだよなー。でも、いいんです。気分よかったから。


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